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東京地方裁判所 平成8年(ワ)5103号 判決

原告 株式会社東海銀行

右代表者代表取締役 本井孝至

右訴訟代理人弁護士 飯塚信夫

同 清水修

被告 森きみよ

被告 森和

右両名訴訟代理人弁護士 小松啓介

被告 森広

右訴訟代理人弁護士 河野敬

主文

一  被告森きみよは原告に対し、金一億六七八五万一二〇六円及び内金一億一五五八万一六二八円に対する平成八年二月二日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告森和及び被告森広は原告に対し、それぞれ金八三九二万五六〇三円及び内金五七七九万〇八一四円に対する平成八年二月二日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外ジャパン・インベストメント株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で昭和五四年一二月二六日に手形貸付、証書貸付、当座貸越その他の銀行取引を内容とする銀行取引約定をなし、遅延損害金を年一四パーセントと約定した。

2  訴外森一(以下「訴外森」という)は、昭和五五年三月一五日に原告に対し、訴外会社が現在及び将来負担する一切の債務につき元本極度額六〇〇〇万円の限度で連帯保証した。その後訴外森は、昭和六二年二月二〇日に原告との間で、右元本保証の極度額を一八億円と変更する旨合意した。

3  原告は、平成五年六月三〇日に訴外会社に対し、三億九〇〇〇万円を額面九〇〇〇万円と額面三億円の二通の約束手形によって、それぞれ弁済期を同年七月三〇日として、手形貸付の方法で貸し付けた。

4(一)  訴外会社は、前記九〇〇〇万円については、弁済期の後である平成六年六月二八日に元金全額を弁済したが、弁済期の翌日である平成五年七月三一日から右弁済日までの年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払をしなかったので、確定遅延損害金は、一一四九万五三四二円となった。

(二)  訴外会社は、前記三億円については、弁済期の後である平成六年六月二八日に五一五〇万円を弁済したが、弁済期の翌日である平成五年七月三一日から右弁済日までの確定遅延損害金は、三八三一万七八〇八円となった。

原告は、平成七年九月二七日に訴外会社の当座預金二〇三一円及び訴外森の普通預金等合計一七二九万七〇七三円を前記貸付元金と対当額で相殺した結果、平成六年六月二九日から平成七年九月二七日までの確定遅延損害金は、四三四六万三六七一円となった。更に原告は、後記のとおり訴外森の相続人となった被告森きみよ(以下「被告きみよ」という。)の普通預金及び当座預金等の合計三万七六三九円を平成八年二月一日に前記貸付金元本と対当額で相殺した結果、平成七年九月二八日から平成八年二月一日までの確定遅延損害金は、一一二六万二三三四円となった。

(三)  右により、原告の訴外会社に対する残元金は二億三一一六万三二五七円、確定遅延損害金は一億〇四五三万九一五五円となった。これらの内訳は、別表記載のとおりである。

5  訴外森は平成五年七月三日に死亡し、被告きみよが二分の一、その余の被告らが各四分の一の割合で訴外森の債務を相続した。

6  よって、原告は訴外森の前記保証債務の相続債務として、被告きみよに対し、残元金及び確定遅延損害金の合計一億六七八五万一二〇六円及び内残元金一億一五五八万一六二八円に対する期限の利益喪失の日の後である平成八年二月二日から、その余の被告らに対し、それぞれ残元金及び確定遅延損害金の合計八三九二万五六〇三円及び内残元金五七七九万〇八一四円に対する右同日から、各支払済みまで年一四パーセントの割合による約定遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし4の各事実は知らない。同5のうち、訴外森の死亡の事実及び被告らが原告主張の法定相続分の割合で相続したことは認め、その余は争う。

三  抗弁

1  原告の担保保存義務違反

(一) 訴外会社は、原告に対する債務の担保として、その所有にかかる東京都渋谷区広尾四丁目所在の広尾ガーデンヒルズA棟一〇七号室(以下「広尾の物件」という。)に極度額三億円、東京都港区六本木五丁目所在のドミ麻布六〇四号室に極度額一億円でそれぞれ原告を債権者とする根抵当権を設定していた。

(二) 訴外会社は、平成二年一月ころには既に手形書替えの方法により、弁済期の延期を始めており、この時点で訴外森は、それまで被告らとともに居住していた広尾の物件の売却を考え、同物件から退去している。そうであれば、原告としては、平成二年一月ころ、遅くとも、訴外会社が期限の利益を喪失した時点であると原告が主張する平成五年七月三一日の時点で直ちに右の各不動産(以下「本件不動産」という。)に対して担保権を実行しておれば、これらを高額で処分することが可能であった。広尾の物件については、平成二年一月当時の価格は七億四二三五万円であったと推定されるから、この時点で処分しておけば、譲渡所得税及び諸経費を控除しても、少なくとも四億円は手許に残ったはずである。

(三) ところが、原告は、訴外会社が右のとおり履行遅滞に陥ったにもかかわらず、直ちに担保権を実行することなく、漫然とこれを放置した結果、平成六年六月にようやく広尾の物件を処分したときには、物件の価格が低落してしまったため、前記のとおり一億四一五〇万円しか返済にあてられなかった。

(四) したがって、原告には、民法五〇四条の担保保存義務違反があるから、被告らは、少なくとも、広尾の物件に関する担保価値の減少に相当する二億六〇〇〇万円の範囲で、自己の債務を免れることができる。

2  損害賠償請求権との相殺

(一) 訴外会社の原告に対する残債務につき遅延損害金が発生したのは、平成五年七月三一日であるが、仮に原告が前記平成二年一月以降の適正な時期に本件不動産を売却し、売却代金を元金の返済にあてておれば、本件請求債権は発生しなかったはずである。したがって、訴外会社は原告に対して右同額の損害賠償請求権を有する。

(二) 原告が訴外会社の保証人であると主張する訴外森を相続した被告らは、右損害賠償請求権をもって、原告の本件請求金額と対当額で相殺する。

四  抗弁に対する認否及び原告の反論

1  抗弁1のうち、訴外会社が原告のために本件不動産に被告ら主張の根抵当権を設定したこと及び原告が平成六年六月に広尾の物件を処分し、同月二八日に一億四一五〇万円を貸付元金の弁済に充当したことは認め、その余は争う。原告は、本件不動産については、訴外森等の努力により、任意売却によりなるべく高額でこれを処分することを考えていたので、直ちに担保権を実行しなかったのであって、漫然とこれを放置していたわけではない。よって、原告には、民法五〇四条違反の事実はない。

2  抗弁2(一)は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因について

成立に争いのない甲第一ないし第三号証の各一、二及び第四、第五号証によれば、請求原因1ないし4の各事実が認められる。そして、請求原因5のうち、訴外森が原告主張の日に死亡し、被告らが原告主張の相続分で法定相続したことは、当事者間に争いがない。よって、請求原因事実は、これを認めることができる。

二  抗弁について

1  抗弁1について

被告らは、原告には、平成二年一月、遅くとも平成五年七月三一日の時点で直ちに本件不動産を処分しておれば、高額で売却できたはずであるのに、これを怠ったため、本件不動産の価格が下落してしまったという担保保存義務違反がある旨主張する。そして、本件不動産に被告ら主張の根抵当権が設定されていたこと及び原告が平成六年六月に広尾の物件を処分し、同月二八日にこれによる売却代金をもって、訴外会社の原告に対する残債務のうち元金一億四一五〇万円の弁済に充当したことは、いずれも当事者間に争いがないし、平成二年一月から右処分時までの間に本件不動産の価格が下落したことは、裁判所に顕著な事実である。

しかしながら、担保権を実行するかどうかは、原則として当該担保権を有する債権者の自由であるから、担保権実行までの間に経済の変動により担保物件の価格が下落したことにつき、債権者に民法五〇四条による担保保存義務違反が認められるためには、弁済期が到来しているのに債権者が長期間担保権を実行しなかったとか、債権者につき保証人に対して信義誠実に欠けるところがあった等の特段の事情が存在する必要があり、単に債権者が担保権を実行しない間に、経済の変動により担保物件の不動産価値が下落したからといって、直ちに債権者に右義務違反があったとはいえない。

これを本件についてみるのに、本件全証拠によっても、原告についてそのような特段の事情が存在するとは認められない(乙第一号証の1、2の記載も右結論を左右しない。)。

そうすると、仮に被告らの主張するように、平成二年一月以降右処分時までに、本件不動産、特に広尾の物件の価格が減少したからといって、原告に担保保存義務違反があるとはいえないから、被告らの右主張は採用できない。

2  抗弁2について

被告らは、原告が平成二年一月以降の適正な時期に本件不動産を処分し、売却代金を元金の弁済にあてておれば、本件請求債権は発生しなかったはずであったのに、これを怠ったため、訴外会社は、同額の損害賠償請求権を取得したから、被告らは、右損害賠償請求権をもって、本件請求金額と対当額で相殺する旨主張する。

しかしながら、右時点以降における本件不動産の価値の下落に伴う債権回収額の減少につき、原告に帰責事由の認められないことは前述のとおりであるから、被告らの右主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

3  よって、被告らの抗弁は、いずれも認められない。

三  以上のとおり、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中敦)

〈以下省略〉

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